magaminの雑記ブログ

2015年09月



樋口一葉が小説を書いたのは明治28、9年です。

明治20年代というのは、日本が近世から近代に切り替わるその境目だと思います。樋口一葉の小説なるものは時代の境目に成立したある種の窓みたいな、そんなものではないでしょうか。

文体からして現代離れしています。主語なんていうものはほとんどないです。描写も会話も並列につらつらと並べられているだけ。
芝居の脚本みたいな文章なのですが、芝居の脚本のあの不完全な感じはなくて、一つの世界として樋口一葉のそれぞれの短編は完結的に成立しています。

これは江戸時代的な文章表現なのでしょうか。樋口一葉以降の作家には近代的な小説構成みたいなものがあって、このような作家達がいくら時代小説を書いても、なんだか嘘くさいようなものになってしまいます。
樋口一葉は、明治28年に活躍したという事、女性であるという事、知性的にある水準を超えていたことなどのさまざまな幸運(わたし達にとっての幸運です)によって、ぎりぎり近世と近代をつなぐ小説的なものを後世に残したという事でしょう。

一度樋口一葉を読んでみてください。耳を澄ませばかすかに近世のざわめきが聞こえてくるような気がします。

太平洋戦争末期、戦艦大和特攻出撃の前夜に若い士官達の間で、何故自分達が愚劣な作戦で死ななければならないのかという議論になったとき、臼淵磐大尉は決然とこのように語ったという

「進歩のない者は決して勝たない 負けて目覚める事が最上の道だ 日本は進歩という事を軽んじ過ぎた 私的な潔癖や徳義に拘って、本当の進歩を忘れてきた 敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺達はその先導になるのだ。 日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか」

今から考えると、太平洋戦争とは日本を真に合理化するための歴史的試練のようなものだったと思います。ここでいう「合理化」というのは、能力の低いものを切り捨てて出来るものだけで社会システムの主要な部分を回していく、なんていうものではありません。現代的合理主義とは、それぞれの人間がそれぞれの能力に応じて自分の出来る事をなして全体に貢献し、全体すなわち国家は国民それぞれから最大のエネルギーを引き出すためのシステムを提供する、そういうものです。

まあでもこのような認識は太平洋戦争から70年たった後だからこそ分かるもので、当時の人は何のための戦争か分からないのが当然です。
ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つのです。

しかしこの臼淵磐は、太平洋戦争は日本を真に合理化するための戦争であると明確に認識しています。長期の極限状態が、明晰な頭脳を歴史を俯瞰できる高みにまで押し上げたという事でしょう。

現代日本も真に合理化されているわけではありません。どこにでも、誰かを下に見て自分は最低ではないのだと安心する人たちがたくさんいます。私にもそういうところはあります。あの戦争から70年もたって、こんな事では恥ずかしい。未来のために自分を投げ出すという、そういう心構えを日頃から持ちたいです。




ダイヤモンドダイニングは様々な形態の居酒屋を展開しています。
株価 1113円
配当 12円
PER 16.56倍
PBR  2.43倍
株主優待は100株で4000円分の自社食事券です。

先週の日曜日に、中学3年の娘と二人で目黒の九州熱中屋という居酒屋に行ってきました。九州熱中屋はダイヤモンドダイニングの主力形態の居酒屋です。
渡されたメニューの一番上にはさばの刺身というのがあるのです。さばの刺身って食べた事ないです。そんなものがあるのかと思って店員に聞いてみると、
「店の生簀に泳いでいるさばを刺身にする」
というのです。メニューには
半身 1980円
一尾 3980円
とあります。泳いでいる一匹を料理するというのに半身というのではきりが悪いと思って一尾を注文しました。そうすると店員はでっかいタッパとあみを持ってきて、
「お客さんが生簀から掬ってください」
といいます。何事もチャレンジだとおもって、一匹掬わせていただきました。
そして10分ぐらいしたら、さば刺し、出てきました。

大分県豊後水道》 活豊後さば刺し

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