樋口一葉が小説を書いたのは明治28、9年です。
明治20年代というのは、日本が近世から近代に切り替わるその境目だと思います。樋口一葉の小説なるものは時代の境目に成立したある種の窓みたいな、そんなものではないでしょうか。
文体からして現代離れしています。主語なんていうものはほとんどないです。描写も会話も並列につらつらと並べられているだけ。
芝居の脚本みたいな文章なのですが、芝居の脚本のあの不完全な感じはなくて、一つの世界として樋口一葉のそれぞれの短編は完結的に成立しています。
これは江戸時代的な文章表現なのでしょうか。樋口一葉以降の作家には近代的な小説構成みたいなものがあって、このような作家達がいくら時代小説を書いても、なんだか嘘くさいようなものになってしまいます。
樋口一葉は、明治28年に活躍したという事、女性であるという事、知性的にある水準を超えていたことなどのさまざまな幸運(わたし達にとっての幸運です)によって、ぎりぎり近世と近代をつなぐ小説的なものを後世に残したという事でしょう。
一度樋口一葉を読んでみてください。耳を澄ませばかすかに近世のざわめきが聞こえてくるような気がします。